村議会

明治期の村会の動きについては、明治三五年から四二年にいたる間の村会議事録が伝在している。村会は年四回程定例村会が開かれ、臨時村会もあった。会議場は村の寺が使われた例があるが、新しい役場庁舎が完成した後は役場の議場で開かれた。議事録をみるかぎり大きい混乱の発生はみられない。村政は概して安定していた。議事の進行については、前項で述べたとおりで、町村制下の旧村議会と同様である。議員の最大関心は税の賦課をどうするかであり、村財政の項の説明にゆずるが、この第一回村会においても県税戸別割賦課法案は重大な議案として査理委員を選出、同日から委員会を開くことを決めている。税率等級査理委員会も開かれ、委員会の報告を基に本会議の審議が行なわれている。議事録の最後は次のとおりしるしている。本年度は創立以来第一の村会で調査上数月間にわたり議員弁当料のようなわずかの金額で実費を支える状況で今回までの会議費用はすべて実費弁済とし、これより議員一名一日金二五銭ずつ、弁当料として支給することを望む、原案可決、直ちに閉会。このように議案は予算案を中心に数十日間の労をかけ、ようやく可決成立をみたのである。

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