大字区

村役場の行政は、大字区によって支えられていた。教育行政は村立の小学校の維持が主力であり、後迷のように教育費は村財政に大きな比重を占めていたが、じつは教育予算の執行は、各学区がそれぞれ独立して行なっていたのである。いわば教育行政は旧村割拠のもと、各区の学務委員がそれぞれの学区の学校の維持、管理にあたっていた。教育のほか、衛生、土木等各分野において大字は今日では役場が行なうはずの業務や事務を分担していた。したがって、各大字の総代は、大きな権限と責任を保持していた。火災や水害が多く発生していた時代にあって、消防や水防活動は大きな活動であったが、それらの活動も、村役場が直接行なうのではなく、各大字が責任を負っておこなう体制になっていた。毎年、村民を悩ませた出水に対しては、明治三六年の村会で堤防巡視委員が定められ、各大字から二名ずつ計一〇名の巡視員直接警備に当ることになった。村財政で計上される警備費をみると、明治三五年の例では、村費三六二五円に対して、九円にしか過ぎず、その九円も火防費にあてられるのではなく、水防費としてかがり火用薪代か、ちょうちん蝋燭代を計上していたに過ぎない。火災の発生があっても、火の走るにまかせるしかない状況にあった。

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