役場の兵事については、国政の末端機関の重要な業務であったが史料が残されており、明治四四年一月二〇日付の徴兵適齢者トラホーム予備検診に関する村総代あての通知書である。通知書によれば、一月二五日、村で予備検診を行なうため同日、午前六時までに寺に集まり、役場史員の点検を受けて検査場へ出頭するようにという連絡であった。トラホームは、当時の不衛生な状況の中で流行していた眼病で徴兵検査の重要事項の一つであった。通知書には本人が遠隔地へ出寄留等のため、当日出席できない場合は、戸主または親族が二四日正午までに役場へ申し出るようにとあり、徴兵検査の実施は厳格に管理されていたことがうかがえる。明治四四年一〇月一〇日の充員召集令状時間検査表では戦争の際、軍人の動員召集をおこなう場合、役場の使丁が召集令状を在郷軍人に交付するのでの役場からの距離と所要時間をしるしたものであり、全村を一〇区に分け、それぞれ使丁が一人ずつ分担することにし最大里程は二里、時間は六時間二分を要することになっていた。この年の各区居住の在郷軍人は、合計四二五人であった。このように、平時から軍隊の動員、召集に備える体制がとられていたわけである。